磐梯熱海温泉 華の湯

2018/07/06

磐梯熱海温泉 華の湯に泊まりました。ホテルに到着後 直ぐに温泉に入ることになったのですが、「松風館」 「華風館」 「離れ 松林亭」からなり

温泉は一階の「庭園露天風呂」に最上階の「展望ひのき大浴場」更に二つの貸し切り風呂「ランプの湯」と「露天風呂付き家族の湯」を合わせた、趣の異なる30種類のお風呂群。

まずは 大浴場は畳敷きで眺めの良い「北投石の湯」の他に「備長炭の湯」「トルマリンの湯」「黄土ゲルマニウムの寝湯」「真玉石の湯」の5つの癒しの湯があり、

露天風呂は美人の湯など30種類の癒し湯を1泊2日で全部入ろうとすると大変忙しい風呂巡りになりました。

夕食はとても美味しくまた 福島の日本酒も美味しくいただきました。朝食のバイキングもすばらしかったです。

仲居さんは、みなさん若く スタッフの方々は優しくしていただきました。また、この旅館に泊まりたいと思いました。紹介してくださった 小田切社長夫婦に感謝です。

2階のロビーの壁に掛かっている美人画を見て ビックリしました。なんと 友達の 美人画で有名な「鶴田 一郎」の絵です。この絵がこの旅館のシンボルだそうです。

絵の題名は 「おもてなし」 東京オリンピック誘致活動前から この絵は掛けられているそうです。 私は少し誇らしい気持ちになりました。

 

「鷲神社」(おおとりじんじゃ)

2018/07/06

浅草の千束に現調に行きました。国際通りの現調が終わり まわりを見渡すとなんと
「鷲神社」の山門と大きな 熊手が見えたので、早速お参りしました。

浅草にある鷲神社(おおとりじんじゃ)は、酉の市発祥として人気です。商売繁昌はもちろんのこと、賽銭箱の上にある「なでおかめ」は、なでる場所でご利益が異なるため、

金運・恋愛運・健康運・・・色んなお願い事を一度にできます。ところで私は2017年11月の酉の市で熊手を初めて買いました。

「鷲神社」は別名「おとりさま」のあいしょうで親しまれている酉の市発祥の神社。
1年で最も賑わうのは、毎年11月の酉の日です。午前時に「ドン」という一番太鼓が
鳴り響き、酉の市がスタート。

商売繁盛の熊手を求め、全国から多くの人が訪れます。2018年の酉の市は、11月に3回下記の日程で行われます。

一の酉 (1回目)2018年11月1日(木)
二の酉 (2回目)2018年11月13日(火)
三の酉 (三回目)2018年11月25日(日)

「鷲神社」には、日本武尊命(ヤマトタケルノミコト)と天日鷲命(アメノヒワシノミコト)という2人の神様が祀られています。

「鷲神社」の「鷲」の文字は、神様の一人、天日鷲命の名前から付けられました。

今年もまた酉の市で熊手を買おうと思います。

 

 

がんばれ!ライオンズ

2018/06/26

メットライフ球場の入場券をいただいたので、ライオンズ対バッファローズの試合を見に行きました。以前はよく来ていたのですが、今回は久し振りです。

先発は十亀とアルバース、両チーム共 一応 エースピッチャー、3回までは両チーム無得点 4回表にオリックスのロメロの2ラン ホームランがでていよいよ乱打戦

を期待したのですが、残念ながら2対4でオリックスの勝ちです。楽しみにしていたのは2017年の夏から4番に座って23本塁打、61打点、打率・298の成績を残した。

パッチリとした目と、愛くるしい笑顔。176cm.・100kg.のどっしりとした体型私に言わせれば、西武のデブッコ軍団の4番バッター山川穂高

そして、もう一人は阪神エース 藤浪選手とバッテリーを組んで夏の甲子園で大阪桐蔭高校で優勝してライオンズに入団した 森友哉選手 170cm.・80kg.ポジションは捕手・外野手

現在、ケガで出番が少ないですが、6度のホームラン王に輝いた 大阪桐蔭高校出身の「おかわり君」中村剛也選手 175cm・102kg.

私が密かに応援している、この3人のデブッコ軍団のホームランを見たかったのですが、残念ながらホームランはオリックスのロメロ選手の1本のみでした。

でも、久し振りに西武球場で生の試合を見れて楽しかったです。以前ドーム球場になる前に近鉄バッファローズのブライアント選手の3打席連続 場外ホームランもこの球場で見ました。なかなか思い出のある球場です。

会津若松城

2018/06/13

福島県を訪れたら、必ず行きたいと思っていたのが会津若松城です。平成30年再建
53周年を迎える鶴ヶ城(若松城)は全国でも稀な赤瓦の天守閣として有名です。

再建当初は黒瓦だったらしいのですが、あまりにも凍害がひどいので鉄分の多い赤瓦に替わったようです。そして、凍害が劇的に減ったみたいです。

天草がスウェーデンから輸入している瓦も同じく鉄分をたくさん含む赤瓦です。鉄分をたくさん含む粘土を焼くと赤くなります。聞くところによると会津若松市内に鉄分をたくさん含む粘土が産出してたそうです。

若松城は芦名氏七代直盛が1384年黒川城を築いたのが発祥。1589年伊達政宗が葦名義広を追って会津藩を領するが、翌年豊臣秀吉に召し上げられ蒲生氏郷入封、黒川城を大改修して鶴が城と改称、城下を若松と名付ける。

その後、上杉、再び蒲生、加藤氏と変わり1643年保科正之が入城、三代正容のとき松平を称し、九代容保の時戊辰戦争を迎える。容保は京都守護職に任ぜられ公武合体を推進。

意に反して鳥羽伏見の戦いで朝敵とされ、会津戦争に突入。籠城1か月、開城後降伏。
現在の天守閣は昭和40年再建。平成16年3月には天守閣内部がリニューアルされ、会津のシンボルとなっている。