【北米型輸入住宅】八王子市Ⅰ様

ご主人=主奥様=奥社長=社高田=高


「今日はすみません。よろしくお願いします。伊藤さんにはいつもお世話になっているもんですからちょっとお声を掛けさせていただいたんですよ。」


「よろしくお願いします。」

● 「あの時、社長いくつですか?」 築20年の伊藤様との思い出


「特に古いお客様の話は参考になるということで…築何年くらいですか?」


「91年ですから、ちょうど20年。」


「もうそんななりますか!?あの頃、若かったですもんね」

一同「笑」


「社長いくつの時ですか?」


「30…35~36じゃないの?!」


「僕が30…今54ですから、34の前の年だから33の時ですね!?ここ色々あってさ…」


「色々あったんですか?!」


「だって転勤も何回もなさってるし…アメリカは2回行かれたんですかね?」


「いえいえ、アメリカは1回」


「1回でしたかね?!で…」


「で、建てて、91年に建てて6年かな?!アメリカ行って…それで帰ってきて今度は2004年かな?!中国に行って…」


「中国は何年行ってましたかね?」


「中国は1年半です。」


「あ~そうなんだ…その間リフォームも?!」


「2回ほどですね。いや、2回じゃないですね…いやちょうどですね」


「一回、車がぶつけた痕がありましたね!?」


「ありましたね」


「車がぶつかったんですか?!」


「上の子が小学校1年だったのかな?下の子が年少かなの時に越してきて。
それで2年目か3年目にすぐにリフォームしてもらったんですよ。小屋裏を広げるのとキッチン。あの時お金なかったから、こっちはシステムキッチンにしたんですけど…あっちは古いマンションで使っていたカップボードのでっかいやつを置いてたんですよ。

そのうちお金できたらああゆう造り付けのやつを作ろうって言ったら、社長がそんなもん変わっちゃうから同じもんなくなっちゃうよ!って言われて。

そんで急遽、同じ上下のやつを。それで小屋裏も広げてもらって。
あと何したかな?!あぁもしかしたら…この中(収納)を変えてもらったかな?!
普通の押入れみたいに真中に板があって2段になっていたのを完全にフラットにしてもらったんですね。
そうそう、そん時に食洗機もつけたのかな?!それから今度アメリカから帰ってきた時にやっぱりそのまたリフォームして、あそこのカーポートつけたり。」


「お留守の間は他人に貸していたんですか?」


「そう、他人に貸してて。その時にさっき社長の言われた。ここ人が住んでたんではなくて…要するに…なんて言うんですか?!」


「なんて言うの…撮影所…!?」


「撮影所…場所貸しのやつがあるんですよ。洋館みたいのところが結構向こうのほうにあったりすると、ピアって言う業者なんですけど、そこが何店舗か持っているんですよ。そこを例えばドラマとか、ノンフィクションとか、色々、映画とかに貸すんですね。だからここもですね…なんでしたっけ、釣りバカ日誌の…」


「釣りバカ日誌に出ているんですか!?」


「出てます出てます!」


「出てる!?」


「いや、ホントホント!」


「釣りバカ日誌の映画の9です」


「映画の9!?」


「全然気付かなかった(笑)」


「誰の家だっけ?」


「小林隆二さんの家って」


「何かそんな感じでですね」


「ちょっとチェックしてみます!」


「はっはっは。再現ビデオみたいなのよくやるじゃないですか。見てると、あれ?うちじゃないかよーっとか言ってですね(笑)
でお袋から電話かかってきて、『お前さ今日なんか、何とかに出てきたんだけど、芸能人に貸したのか?』とか言うから(笑)
違うよと、撮影で使ってたやつだよ(笑)」


「あっそうなんですか(笑)」


「そうですそうです。」


「でもそれ、人が住むよりいいですね。なんか」


「うん。ただね、機材が入るから床とかすごいざらざらになっちゃうんですけどね。あとどこだっけなぁ…日通かなあ?引越しのコマーシャルにここをリサーチしていて、当時白樺が2本あって…」


「はいはい、ありましたねぇ」


「あったんですよ。外から引越しの宣伝見たいな形で…使いましたね。」


「有名な家なんですね(笑)」

一同「笑」


「ちょっと気が付かないね(笑)」


「そりゃそうですね(笑)釣りバカ日誌とか見ないですもん(笑)」


「釣りバカ日誌俺見てるよ、ときどき」


「ときどきですよね?」


「あれ釣り番組だから」

● 一度は断念したけれど・・・どうしてもやりたかった「暖炉」


「アメリカから帰って来た時に、そうリフォームした時に、この暖炉やりたかったんだけど、その時はいったん断念したんですね。
それからまた、何回か出張で行っているうちに、向こうの知り合いの家に誘われるじゃないですか。暖炉がある家に行くとやっぱり欲しくなって。社長に、何とかなんないかなーって。」


「今よりいい暖炉入れれるって、自慢して帰って行きましたよ。
良いんだよ。すっご良いんだよーって。」


「いや、こっちの方がかっこいいんじゃないですか?私の家もこれに近いんですけどね。これのちょっと大きい奴なんですけどうちのところはですねーなんかハイテクなんですよすごく。見た目はこっちの方が良いんですけど、レインバーンって言って、二次燃焼、三次燃焼できる」


「どこの?」


「アメリカ。バーモンドキャッスルの。これも普通にかっこいいですけどねぇ」


「なんかすっごい薪の…」


「そうですね。でもこれも結構持つんじゃないですか?


「あの、持つって言うのは?」


「火持ちが。でもあの薪は持たないんですよ。」


「早いですね。ただびっくりするのは灰が残んないんですね。ほとんど。」


「いや、でも案外残んないですよ。」


「あの日本の木の方は、たまにあの、あの実家の方でケヤキ切ったからといって、それが落としたから持って行くかといって、持ってきてやると、灰が…」


「匂いがいいのが白樺とか桜なんですよ。火持ちが良いのはナラ系ですね」


「あぁそうなんですか。」


「で、コナラとか、ナラとかミズナとか、ああゆうのが火持ちが良いんですよ。あれ、話が途切れたな。もういいんだけど(笑)」

● きっかけは展示場にて


「あっそうですね、天草ハウジングを知ったきっかけは何だったんでしょうか?」


「あぁ、きっかけはですね、家建てる時に当然住宅展示場見るじゃないですか?
そうすると、天草なんてあんまりこの辺にはなかったんですよ。」


「10年前って言うと、展示場が無かったですか?オープンハウスですよね?」


「オープンハウスって言うかあれですよ。」


「鳥沿いにあったんですよね」


「鳥沿いと事務所と一緒の兼のところだったんですよ。」


「あそこですね。めじろ台の、工事部長の今自宅になっているところじゃないかな?」


「あぁ、あそこが。あそこの後が、めじろ台ですか?」


「うんうん。そう。」


「椚田展示場があったんですね。」


「ハウジングかな?ハウジングかニューハウスどっちかで見て」

●「結局、サラリーマンですから一生に一回(笑)でも、こだわりたかったんです」


「雑誌でご覧になったんですか?」


「雑誌で見て、はじめは大手ハウスメーカーに行ってたんですよ。
そうすると…あの…結局サラリーマンですから、一生に一回しか作れないじゃないですか?
そうするとやっぱり、自分でこーしたい、あーしたいとか色々あるじゃないですか。ところがああゆうところって、もっと大きいところで建てるならできるよと。
これだけの敷地じゃあ…僕はこれだけでも充分だと思うんですけど。」


「充分だよ!」


「一応65坪あるんですけど、彼らが言うには、全然そうじゃない。その位なきゃだめだよって言われちゃうんです。
どんどんどんどん制限されちゃうんです。なんかそんなもんなのかなって思ってて。
でもまあ、急がないしと思っていたときに話しをしたら、わざわざ家まで来てくれて。

『あっ、できますよ。出来ますよ』って。
自分としては当然お金がなかったから、サイディングにしたいなと。
あとは部屋を大きくして、その代わりコストをなるべく落としたいし、壁紙なんかどうせやり直すんだから安いので良いからできますか?って聞いたら、『できますよ』って言ったから、『本当かなぁ?』って(笑)
まあでも見積持ってきてくれる時でも、他の業者だったら来てくれとか、あと郵送なんですね。
でも天草さんは直接来てくれて。全部設備のやつちゃんと持ってきて。

変な話、雨樋からですよ!?ここまで真剣にやってくれる人いるのかなーと思ってですね。」


「その時私と、誰がきましたかね?」


「いえいえ、一人です。
だから一瞬ドキッとしたんですよ。営業で来てて、今度名刺持って社長が出てきて、社長が自らやる人なのかなって思ってですね、
それで行った時に、もしできれば他に建ててる人のところ見させてもらえませんか?って言ったら、3.4軒見せてもらったんです。」


「あの頃結構やってたんですね。人間いなかったんですけどね。」


「えぇえぇ。それで何軒か回って、あっ!この人だったら間違いないなと思って」


「一人で?」


「一人ですよ」


「一人でだったかなぁ?」


「社長記憶にないんじゃないですか(笑)」


「あんま一人で行くことなかったんですけどねぇ」


「一人だったよね?」


「一人だった。それでうちの怪獣の、プラスチックの怪獣の人形がいっぱい乗っかってて」


「はいはいはい」


「あれ覚えていますか?社長(笑)すごい何か、いらして下さって、汚い汚いとか言ってて(笑)」


「今、なんでも鑑定団に持って行ったら高いんじゃない(笑)」

一同「(笑)」


「なんかもううちの狭いところでね」

●それからもう、20年 家のメンテナンスは?


「それからもう20年間よ」


「だからそのたんびにリフォームする時に、ちっちゃいリフォームじゃ悪いかなと思ったりしてたんですけど、やっぱり水周りだけは心配になっちゃうんですよ。
やっぱり近くにリフォーム屋沢山あるじゃないですか。
そうゆうのが結構来るんですよ。やりますと。
ところがですね例えば風呂なんかも、『開けてみてもしなんかあったらウチがうんぬん……』とか言われちゃうとね、もし壊して開けて、もしこうなっちゃったとしたら、何かやりたくないし、そこでなんかふっ掛けられても嫌だし…」


「でも素人が見ても、『これはおかしいですよ』とか言われても、おかしいのかなぁ~?って」


「わかんないんで」


「だから判断がつかないんで、私たちじゃあ」


「その都度八王子の本社にいらっしゃって」


「最後には、あぁやっぱり社長のところ頼むしかないかなって(笑)」


「大きい会社になっていらっしゃったんですね」


「あの頃よりはだいぶ大きくなりましたよね」


「みなさん、天草で建てたっていうとびっくりされますよね」


「結構高級住宅になってるよね」


「いや、前からそうなんですけど(笑)」

一同「(笑)」

● 海外の材料で家を建てる


「そのとき私たち輸入住宅の材料が高かったので、2年待って下されば、ちょっと2割くらい安く建てられましたねっておっしゃって下さったんですね。
国産のもので、アメリカってこんな感じかーって」


「はっはっは(笑)」


「ねっ?あの時輸入住宅高かったですよね?材料が?」


「高かったですね。あのころまだ円がそんなに強くなかったから」


「あれから、展示場もたくさんやられてますよね」


「うちね、いろいろやってるよね。杉並、練馬、で、今展示場がですね、駒沢と立川はずっと最初からなんですけれども、
と横浜、また商品が変わっちゃってて、今横浜が増えているよね。」


「そうですね」


「と言うのもいま私、外壁は煉瓦をやっているんですよ。煉瓦を一個ずつ積んだ。
だから煉瓦をやりたいから他を国産で良いって人が増えちゃってねぇ。
煉瓦を一個ずつ積んで、図面書いてサンプル持って、これ作ってくれってレンガ工場に行って作らせてるんですけど、なかなか大変で(笑)
機械が壊れたとか、中国とかマレーシアとかあとオーストラリアから買っているんですけども、
オーストラリアはまあまだいいですけども、しょっちゅう中国とマレーシアの工場はぶっ壊れるですよ。大変ですよ。だから」


「でも、暖かいんでしょうね。家が」


「暖かいと思いますよ。あと音がしないですよね。外の音が。あれからもう何年になる?何年かしたら、スウェーデンタイプをやったんですよ。八王子の展示場で。」

●立川展示場でのできこと。


「トイレのリフォームの時期が近くあると言うことで、展示場に行きましたよね。確か、立川の・・・」


「あの場所とはまた変わったんですよ。うち。」


「あっそうなんですか」


「あそこのなかなんですけど、もともとあったところからこう、もっとセンターハウス寄りに移したんですよ。もうあれ移して五年くらいになるよね?」


「はい」



「うんうんうん。でもみんな素敵な建物ですよね。」


「だからあの時も、あれなんですよ、たぶん最初に作った住宅展示場で日本で一番でかかったんですよ。」


「あっそうなんですか」


「今のはこれですね。(パンフレットを指さして)」


「あっそうだそうだ。 真似して買ってきた」


「買ってきてないよ」


「あっはっは、ちっちゃいんですけど」


「これがねぇここについてて、欲しいって言ったら」


「欲しいって言ったら、インターネットもダメで、全部だめで(苦笑)」


「えっ社長この窓わくってのはもうサイディングには出来ないですか?後から?」


「できますよね?」


「できますけど・・・あぁもしあれでしたら葺き替える時に、こうはっちゃえばいいんですよ。」


「最近多いですよね。ここの、こういった窓わくって言うかなんていうか。」


「こういう屋根のね。もっとこうゆう、なんかこうレースみたいなのっていう」


「ユンラーンですよ。でも多分うちが一番やってるかもしれないですね。そういったデザインは。これはもう何年になる?5年?もう7年か」


「そうですね。7年ですね。2005年オープン何で」


「これも多分日本で一番大きいと思いますよ。あの土地自体が一番大きいですから。80坪くらい」


「そんなにあるんですか!?」


「住宅展示場なのに」


「延べで130坪ありますね。」


「ほ~(感心)」


「だから伊藤さんのところやってからこう」


「ウチのところじゃお金にならなかったから(笑)」


「何かここで儲けたみたいな(笑) みたいな、聞こえ方しますけど大丈夫ですか?(笑)」


「いえいえ、おかげ様でこう(笑) 全然金にならなかったと思いますよ(笑) だってここだって、あれですよ。自分で作ったんですけど」


「自分で作ったんですか?」


「はじめね、ココにくっつけようと思ったんですよ。ただ、結構値段がはるじゃないですか?
で、悩んでたら現場監督に 『自分でくっつければいいじゃん』 って言われて。
『作れるんですか?』って言たらやり方教えてくれて。」


「いまでこそ、あのーホームセンターありますけど、昔はなかったですもんね。」


「そうですね。材料も全部用意してもらって。で、もうアメリカンスタイルで(笑)」


「今のアメリカ人自分じゃ何もしないですけどね(笑) もうアメリカ人が日本っぽくなっちゃって。」


「じゃあ工事部長が1日教えに」


「そう!きてもらって!」


「いくらかお支払いを?」

「いくらもでないですよ(笑) 」


「『いいんですか?』 ちょっと申し訳なかったですけど(笑)」


「でも、考えると、そうやって自分でやるのがいいんだよなぁ~」


「今、絶対自分でやろうなんて思いませんもん。多分」


「いや、別にそんなことはないだろ。お前が面倒くさがりなだけで」


「はっはっは(笑)」


「実は今、私営業はほとんどしてないですよ。ずっと。フォローでまわる役目で」


「いやでも、社長がいつも『後から付ければいいですよ』とかアドバイス下さって、
なるべく安く安くと思ってたので、その中でやっとできたんですよ。」


「いまこうゆうの無いよな?」


「無いです無いです。」


「こうゆうレトロなヤツはプレートを変えられるからいいんじゃないですか?アメリカとか行くと売ってますよね?」


「あるある。」


「やっぱりね、『要らないですよ』って言って下さるから、じゃあ要らなくていいんだって思って。普通だったら、もうけようと思っていいのありますよってなりますけど、すごい正直に仰って下さるので、安心してね。本当にお金なかったからね。苦しかったですよ(笑)やっぱり二人とも苦しかったですよね。」


「でもお子さんたちはもうあれでしょ?上のお兄ちゃんも結婚・・・」


「まだしてないです。でもやっとね、二人とも就職して、やっと。」


「うちの2人とも就職して」


「そこまで苦しかったですよね。どんどんお金なくなっちゃって、学費とかで(笑)もう何でって感じ(笑)」


「ねぇでも一生に一回、そうやって早くに家造った人は後が楽になるの。」


「余暇が楽しめますもんね」


「この間テレビをね、テレビケースを」


「これ物産じゃないですよ!?」


「あっこれチューナーいれて」


「そうなんですけど、60インチの今度はここに入るんですね。テレビ台だけは買って向に置いてあるんですけど、でもこういうのがなくなっちゃうとちょっと寂しいなって思って」


「アメリカは皆こうなっているんですよ」


「でもアメリカは売って無かったんですよ。コレはもう無くて」


「昔はみんなこうゆうのだったんですよ。」


「だからこれっぽいですねぇ、ベットのサイズに合ったモノを買おうと思ったんですよ。ところが行ったらさっきみたいな 本当にこういったですね、楕円形のやつが無いんですよ。家具屋に」


「北欧デザインみたいな感じのね。ごっつい壁面の収納のね」


「今はヨーロッパも無いですよ。これ」


「あっそうなんですか」


「回ったんですけどねぇ」


「ねぇ~周ったよね随分ね」

● えっ、そんな家も建てるんですか?



「住宅事情も様々ですね。今度、高田がご契約するお宅も22、3坪?3階建ての家を作るお宅で」


「えっそうゆうのもたてるんですか?」


「建てますよ何でも!」


「いやー50坪以下は受けないのかと思った(笑)」


「ほんとは・・・ですよね(笑)」


「でも、65坪でちっちゃいなんて言ってられないですもんね(笑)」


「外壁はどういう?」


「外壁は煉瓦です。3階まで煉瓦です」


「3階で煉瓦って建つんですか?」


「建つんです。私が設計しますから。たぶん私が世界で一番住宅の設計していると思いますよ(笑)」


「年間何百って設計しているから(笑)」


「そしたらたぶんその・・・ギネスに出るくらいやってますよ。」


「実は・・・載ってるとか?(笑)」

一同「(笑)」


「そうやってると、お客様の好みや世界情勢とかね。いろいろ見えてくるんですよ。最近は、スウェーデン型って、ユーロが高くて少なかったんですけど、最近パラパラ景気が持ち直したのか、多くなりましたね。」

「そうですね」


「お客さんもヨーロッパ型が好きな人と、アメリカ型が好きな人とがいるんですよね。だからアメリカ型が多かったのか、また最近スウェーデン型が盛り返し始めて、んでうちってほら進化していきますから、そうするとなかには、家具も床も全部パインでやって、北欧っぽくしたいって言う人もいるわけですよ。そうすると、私なんかにするとそれはもう30年前の話ですよって」


「はっはっは(笑)」


「だけどね、うちの横浜なんかだと、随分進化してて、スウェーデン人が来ると、この家はスウェーデンよりスウェーデンの家だねぇって。」


「はっはっは(笑)」


「アメリカの家、こういうの来るとほら、アメリカでもこんなカッコイイ家ないじゃないですか。」


「ないですね~。」


「ないでしょ。こんなデザイン性のいい家は?アメリカにこんないい家ないって(笑)多分私がアメリカで設計して家売ってたら、もっと儲かってたんじゃないかって(笑)」

● 中村さん、まだ元気にやってますか?


「話し戻してもよろしいですか?(笑)ウチに決めた後、工事始まると思うんですけど、工事中のエピソードっていうか、思い出みたいのってありますか?」


「工事中のエピソード・・・いつきても、同じ大工さんがいらっしゃってて、私たちが言ったらもう、どうぞどうぞって感じで、で、職人さんがみなさん、天草さんは、いい人が多いんですよね。」


「いまでもいわれますね」


「いい人多いですよ」


「この家造った大工さんいまだにいるんですよ」


「えっー!?ほんと!?」


「誰ですか?」


「あーっ、いた!あそこの・・ほら」


「あっはらごて!」


「はらごてだーって言ったおじさんだ」


「そうそうそう。ちょうどですね、このさっき言った、子供部屋を1つだったのを二つにしたじゃないですか。中を大工事してもらったのが、さっき言ってたおじちゃんだったと思うんですよ。その時にたまたまそのドアと、あっちのドアの間のところが、板が、なんか曲がったかなんかで、壁が『ふっ』て出ちゃったんですね。『あっはらごてだ』って言って、直すから大丈夫って言って」


「覚えてて下さってて、すごく、あーこんにちはって感じで」


「中村さんですか?」


「おじいちゃんだったけどね?おじいちゃんだった?」


「当時からおじいさんだった?」


「当時から(笑)」


「確か、おじいさんです。」


「今もう60過ぎてますよね」


「あとペンキ屋のおじさんはすごく・・・」


「ペンキ屋って、まだやってますよ(笑)」


「ペンキ屋のおじさんがねぇ~(笑)」


「東北訛りの?」


「そうです。八王子に住んでらっしゃる?」


「いえいえ相模原です。長畑といいます」


「長畑さんですか?」


「彼は元々、彼が勤めてた親方のところと取引をしていたので、そしたら、『こいつ独立するから、天草さんの仕事全部やらせてくれ』って、独立と同時にうちに来たの。それからずーっとうちにいるの」


「何年たっても同じ職人さんが来てくれるので、すごく嬉しくて」


「死ぬまでやってるんで(笑)」

一同「(笑)」


「全然ね、あのー・・・」


「でも、皆あの頃若かったんですけどね(笑)今もう皆爺さんになっちゃって、私も若かったけど(笑)」


「たまに息子さんに代替わりする、職人さんとかいますもんね」


「職人さんずっと一緒なんですよ。まあ少しは変わってるけど、けど長いよねみんなきてから。」


「監督は工事部長が来て?」


「うん。」


「俺もよく来てたよ。ここ」


「監督してたんですか?一回そんなこと言ってませんでした?自分で監督してたって」


「あっ、あの頃より前だね。」


「あっそんな前なんですか?」


「20代の頃は一人で見てたよ。寝る間もなかった(笑)」


「あっそうだそうだ。お金が無くて、お金の話なんですけど、じゃああの、ほら、上棟の時に、みなさんに包まなくちゃいけないじゃないですか(笑)『いいですよ。そんなに気を使わなくて』って仰って下さって、ねっ?ほんとにね?なんか省かせていただいたりしたんですよね。でもそうゆうことを省かせていただいても、手を抜くことは無く(笑)やっていただいたんで、申し訳なかったなーと思って(笑)」


「いえいえ(笑)」


「あの時ちゃんとね、やっとけばよかったねっていってたんだよね?お金が無いなんて失礼なことだったよね?本当にお金が無かったんですよ!本当に!」


「でも、まずやることいい記念になりますよ。最近は、そういう式もすることが少なくなったし」


「そうですよね。ホント、そういう一つひとつがいい思い出ですよ。そういう経験ができてほんと幸せだと思います。」