「霧島」芋焼酎

2018/03/30

鹿児島県霧島市のH氏様邸の仕事が始まりました。以前から とてもきになっていた「黒霧島」
芋焼酎を試しに買って飲んでみました、下戸のの私でも なんとなく美味しかったです。

ただ 一寸 気になったのが、酒造元の霧島酒造株式会社が鹿児島県霧島市ではなく、宮崎県都城市だったので少し びっくりしましたが両市共 霧島連山のふもとなので納得です。

種類も豊富です。私は「黒霧島」 「白霧島」 「赤霧島」と飲んでみました。焼酎初心者の私
ですが、黒と白の違いが少しわかったような気がします。赤は家族が買ってたのを勝手に飲んで怒られましたので、味はよくわからなかったので、今度は自分で買ってのみたいとおもいます。

最近では「茜霧島」 「金霧島」等 の商品も増えているので、少しずつ飲んで楽しんでみようと
思います。焼酎の種類は麹によって変わる だけでなく原材料のサツマイモの種類でも違うみたいです。

こう書くと なんだかいっぱしの「のんべぇ」になった気がしますが、あくまでも私は酒の弱い九州男児です。子供の頃 「茜霧島」の原材料の「オレンジ芋」や「黄金千貫」などのサツマイモを何度か食べたことがあります。多分 品種改良される前のものでしょう。

「倉岳」芋焼酎

2018/03/25

最近 焼酎の水割りを飲むようになりました。2・3年前までは、生ビールの中ジョッキ 2~3杯で酔っ払ってダウンしていましたが、焼酎の水割りでも飲めるようになりました。

下戸の私でも芋焼酎が美味しいと 思えるようになりました。特に「倉岳」という芋焼酎が美味しいです。「倉岳」は天草市倉岳町でとれた「しもん芋」を原料に仕込まれています。

シモン芋

「しもん芋」は熊本県の特産品となったサツマイモで、桁違いの量の天然ミネラルや
ビタミンAEKや繊維質を含んでおり、血糖値を下げる効果、

カルシウムの骨への沈着を助ける作用があると言われ 注目を集めている芋です。以前 しもん芋の葉っぱでできたお茶が健康に良いと言われ 日本中で人気になり品薄で中々 手に入らなくなりました。

倉岳町の遺跡発掘に携わった方が秋篠宮殿下とお知り合いで、この「倉岳」を差し上げたところ、殿下がお気に召され、皇室献上酒となったことで注目を集めました。

倉岳

芋焼酎「倉岳」はまろやかな味です。「黒倉岳」は味をさらに深めるため、黒麹などを使って造り上げた「コク」と「スッキリ」の本格芋焼酎です。2年に一度しか栽培することができない貴重

黒倉岳

な しもん芋で造った本格芋焼酎をシェリー樽の中で熟成させてつくられたのが「熟成倉岳」があります。

熟成倉岳

 

 

 

 

キジ Ⅱ

2018/03/22

静岡県富士宮市の大石寺に墓参り の途中でまた キジを見かけました。日本のキジは毎年、愛鳥週間や狩猟期間前などの時期に大量に放鳥される。

2004年(平成16年)度には全国で約10万羽が放鳥され、約半数が鳥獣保護区・休猟区へ、残る半数が可猟区域に放たれている。

2008年(平成20年)10月25日に那須御用邸で天皇と皇后が、キジとヤマドリの放鳥を行った。放鳥キジには足環が付いており、狩猟で捕獲された場合は報告する仕組みになっているが、

捕獲報告は各都道府県ともに数羽程度で、一般的に養殖キジのほとんどが動物やワシ類などに捕食されていると考えられている。

これはアメリカ合衆国などでも同様であり、その原因として放鳥場所に適切な草木などキジの生息環境が整えられていない点が挙げられている。

しかしながら少数であっても生き残る養殖キジはいるため、日本の元の亜種間で交雑が進み、亜種消滅を懸念する声もある。北海道と対馬ではコウライキジが放鳥されている。

キジは、鶏肉料理として焼いたり煮たりする料理の食材としてとして 古くから使用されており、四条流包丁書には「鳥と言えば雉の事也」と気されている。

少なくとも平安時代頃から食されており、キジ鍋、すき焼き、釜飯、キジ飯などが伝統的な調理法である。

キジ Ⅰ

2018/03/21

やっと みなみ野の栃谷戸公園のキジが帰ってきました。今年は3月8日の朝早くに散歩中に
突然舞い下りたのを見かけました。そして、18日に片倉つどいの森公園で違う キジを見かけました。

この2匹のキジは数年前から 今の時期になると鳴き声を 聞いたり姿を見たりするようになりました。とても、きれいな鳥ですし、鳴き声も時々聞くので 雄です。

キジは日本の国鳥としても知られており、日本国内では北海道を除き、本州、四国、九州と、
ほぼ日本全土に生息している鳥です。
また、昔話の「桃太郎」に出てくる 鬼退治の仲間としても知られていたり、日本国民にはとても馴染みのある鳥の一種でもあります。

このように、キジは日本にとって深い関わりが ある鳥ですが、その理由のひとつとして、キジが日本固有の鳥であると いうことが理由にあげられるのです。

しかし、あくまでもこれは一つの説であり、他にも亜種が存在するという説もあります。厳密にいうとキジが日本にしかいないというは、一つの説で、

もう一つの説にはユーラシア大陸に生息する「コウライキジ」の亜種が、日本のキジであると言う説も存在します。実は十数年前に韓国の済州島で養殖をした キジ料理を食べたことがあります。とても おいしかったです。

 

 

 

白木蓮(ハクモクレン)

2018/03/16

みなみ野4丁目の街路樹 白木蓮はモクレンの仲間で、真っ白な花が春の訪れを感じさせてくれる 落葉高木の一つです。花が開くと風が上品な香りを運び、心を和ませてくれます。

白木蓮は、モクレン属の植物です。厳密には木蓮(別名、紫木蓮)とは異なります。樹高10~15mほどに成長し、春になると新葉が出る前に

大型で厚みのある白い卵形の花を上向きにたくさん咲かせます。紫木蓮に比べて開花時期が早く、4~5日程咲いた後に枯れてしまいます。

花びらは肉厚で、満開になると強い香りを放つことが特徴です。3~4月が開花期です。白木蓮の性質の一つが開花期に葉っぱをつけないことがあります。

また、花は完全に開ききらず、斜め上向きに白い花を咲かせるのが特徴です。白木蓮とよく似た花を咲かせる「こぶし」という植物があります。

同じモクレン科・モクレン属で、白い花を咲かせるので、見間違うことがよくあります。白木蓮とこぶしの見分け方は、開花中に葉っぱをつけるか、つけないかだと思います。

水仙(スイセン)

2018/03/12

朝の散歩の途中 白色と黄色の花、鮮やかな緑色の葉、他の花にはない個性的でありながら上品さを感じさせる「水仙」に思わず足を止め近づいてしまいました。

水仙は、ほのかな甘い香りで春の訪れをを知らせてくれる花です。その香りは天然香料として、香水の原料になっています。

以外にも、神話の時代からヨーロッパで親しまれ、日本へは中国を経由して平安時代にもたらされました。日本水仙はそれが野生化したものです。

水仙の葉や球根には アルカイドという毒があり、悪心や下痢、発刊、頭痛、嘔吐などの中毒症状を引き起こします。

葉っぱがニラ、球根がタマネギに似ていることから、年間で5~20人程が誤飲してしまう事があり、畑のわきなど間違えやすい場所には植えないよう注意して下さい。

水仙は品種改良が盛んで、現在は1000種を超える品種が存在するとされています。

小田原だるま料理店

2018/03/11

休日に家内と二人でお昼を食べに行きました。2時過ぎでしたが、20分程待って店内に
案内されました。昼時を過ぎていたので、少しすきはじめていました。

私達の後に外国人の団体さんがいましたが、そんなにうるさくなかったです。お店は
国登録有形文化財に指定されているそうです。天井は高く格天井になっています。

私は海鮮ちらしを頼みました。ちらしの上の刺身はとても美味しかったです。家内は
ごま油で揚げた天丼を注文しました。やはりおいしいと言っていました。

旭日單光章受賞祝賀会

2018/03/11

取引先の秋間電設会長 秋間利久氏の旭日單光章受賞祝賀会に出席させていただきました。とても長い付き合いの人が、受賞したのでとても嬉しかったです。

金の菊の入った賞状も大きくて立派でした。また 勲章も本当にすごいなと、おもいました。秋間さん本当に「おめでとう ございます。」

祝賀会は八王子市の消防組合の木遣を先頭に 秋間さんご夫婦が入場され とても八王子らしくて 良かったです。

招待客は市長始め 八王子選出の衆議院の先生、私の隣の席は警察署長、消防所長、等 八王子市の要職の方々たくさん招待されていました。

ステージでは樽開きの後 先生方の祝辞後 八王子花柳界の芸者衆の踊りやクラッシックの生演奏で たいそう盛り上がりました。とてもうれしい一日でした。

相模湖温泉 「うるり」

2018/03/07

相模湖温泉「うるり」にいってきました。「うるり」は相模湖の森に囲まれた高台に建つ日帰り温泉施設で、体験型アウトドア複合リゾート「さがみ湖リゾート」内にあります。

以前は相模湖ピクニックランドと呼んでいましたが、富士急行さんに代わってさがみ湖リゾートになりました。その時、温泉施設もできました。

露天風呂は源泉岩風呂(敷地内から湧出するアルカリ性の源泉)と高濃度炭酸泉(血流促進効果があるといわれる炭酸ガスを多量に含んだお風呂)があります。

湯につかりながら、森の木々と眼前にそびえる石老山を眺めることができます。

「寝ころびの湯」は石の枕に頭を乗せ、ゆったりとながれる湯のせせらぎの上に寝ころびます。

岩盤浴、サウナ、マッサージ、もちろん 食事処もあります。坪庭には小さな鬼が、
たくさんいました。設備が綺麗なので、たまに出かけます。

小原宿本陣

2018/03/o8

甲州街道を相模湖方面に走ると 小仏峠を過ぎて右手に「小原の郷」があります。
そこから100m程、西に「小原宿本陣」があります。とても気になっていたのので寄って見ました。

本陣とは、江戸時代初期、参勤交代が行われるようになって、大名行列をしながら 江戸と領国との間を往復する時、大名が泊る宿のことをいいます。

 

小原宿本陣は、清水家の建物が使われました。この本陣を利用したのは、信州の高島藩、高遠藩、飯田藩、の大名と甲府勤番の役人でした。

この本陣に泊まりきれない家来たちは、脇本陣や旅籠に分かれて泊まりました。大名の宿であった本陣という建物は、神奈川県下では、

東海道と甲州街道で合わせて26軒ありましたが、現在建物として残っているのは、
小原宿本陣1軒だけとなっており、大変貴重な建物です。

 

江戸時代になって甲州街道の宿場が整えられました。この小原宿は、江戸から9番目の宿場で、小仏峠を前にして重要な宿場でした。

小原宿は、片継ぎの宿場(小仏宿から来た人や荷物を、与瀬宿を通りこして吉野宿まで継ぎ立ぎてました。)として特別な継ぎ立てをしました。

旅籠は7軒あり、一般の旅人のほかに、富士山や身延山にお参りする講の人々もたくさん泊まりました。

この建物は私にとってとても、懐かしいような気がしました。でもこの建物は200年以上前に建築されているらしいのですが、とても寒かったと思います。